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札幌地方裁判所 昭和31年(ワ)384号 判決 1958年11月28日

原告 株式会社日本勧業経済会破産管財人 小町愈一

被告 滝井春吉

主文

被告は原告に対し、別紙目録記載の建物につき、札幌法務局浦河支局昭和二九年七月一〇日受付第三八一号を以てなした同年三月三一日付売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、訴外株式会社日本勧業経済会は、貸金業を営むことを主たる目的として昭和二七年一一月一四日設立されたものであるが、高率の配当をすると称して一般大衆から投資金を集め、順次新投資金を以て旧投資金の配当、返済にあてるいわゆる自転車操業を続けていたところ、昭和二八年のいわゆる保全旋風のあおりを受けて新投資金がほとんどなくなり、昭和二八年一一月二一日に支払を停止し、同年一二月二三日債権者奥山照夫ほか五名から東京地方裁判所に対し破産の申立がなされたのを初めとしてその後続々と破産の申立があり、昭和二九年七月一六日午後三時同裁判所において破産宣告を受け、原告が同日同裁判所より訴外会社の破産管財人に選任されたのである。

二、別紙目録記載の建物(以下本件建物と称する。)は訴外会社が昭和二八年二月新築してその所有権を取得し、同年一〇月一九日保存登記をしたうえじ来訴外会社浦河支局の営業所として使用して来たもので、訴外会社の破産財団に属する財産である。

三、しかるに同建物の登記簿上には、札幌法務局浦河支局昭和二九年七月一〇日受付第三八一号を以て、同年三月三一日付売買を原因とし、取得者を被告とする所有権移転登記がなされている。よつて原告は破産管財人として右破産財団に属する本件建物に対する妨害排除のため右所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

四、被告の所有権取得の抗弁事実はこれを否認する、仮に被告主張の如き売買契約がなされたとしても本件建物については訴外会社の債権者藤原志郎ほか九五名の申立により、昭和二九年五月六日東京地方裁判所において、破産法第一五五条に基く破産宣告前の保全処分としての仮差押決定がなされ、札幌法務局浦河支局同年同月一〇日受付第二一七号を以てその旨の登記がなされているから、被告はその主張の売買契約による所有権取得を以て破産債権者全員を代表する地位にある原告に対抗できない。

五、尚、予備的主張として仮りに被告主張のごとき売買契約があつたとしても、右は前記支払停止並びに破産申立の後になされた訴外会社の義務に属しない行為であつて、不動産を消費しやすい金銭に換えること自体が破産債権者を害するものというべきところ、同訴外会社及び被告がともに右事実を知りながらなしたものであるから、原告は破産法第七二条第一号、第二号及び第四号に基いて右売買契約を否認する。仮に右売買契約を否認することができないとしても、前記所有権移転登記は、登記簿の記載によれば昭和二九年三月三一日付の売買契約を原因とするものであつて、物権の移転後一五日を経過した後になされたものであることが明らかであり、しかも被告は右登記当時訴外会社が支払を停止し、かつ破産の申立を受けていることを知つていたものであるから、破産法第七四条第一項本文に基いて対抗要件たる右所有権移転登記手続行為を否認する。よつて本件建物の所有権は破産財団所属の財産であるから、原告はこの事由によつても被告に対し前記登記の抹消登記手続を求める。

と陳述し、

立証として、甲第一号証ないし同第八号証、同第九号証の一ないし七並びに同第一〇号証及び同第一一号証を提出し、証人高橋星次郎、同川崎永内及び同北村浩の各証言を援用し、乙号各証の成立を認める。と述べた。

被告は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因事実中、一、記載の各事実は不知、同二、記載の事実中本件建物が訴外株式会社日本勧業経済会の所有であつたことを認めるがその余の事実は不知、同三、記載の事実は認める。同四、記載の事実中、原告主張の如き仮差押の登記がなされた事実は認めるが右仮差押が破産法第一五五条に基きなされたことは否認する。抗弁として、

被告は、昭和二九年六月中訴外会社北海道総局長川崎永内より本件建物を売渡したき旨の申入を受けたので、これを代金二一〇、〇〇〇円で買受けることとし同訴外会社との間に売買契約を締結してその所有権を取得し、同月三〇日内金五〇、〇〇〇円を支払い、前記所有権移転登記を受け残代金は右所有権移転登記後に完済したのである。尚原告の予備的主張に対し、右取引は、代金額からみても明らかなとおり建坪一坪につき金三〇、〇〇〇円以上の対価を支払つている正常な売買契約による正当な取引であつて、これにより破産債権者を害することなどぜんぜんなく、しかも被告は当時同会社が支払を停止したり破産の申立を受けている事実は全然知らなかつたのであるから原告より同契約につき否認権を行使されるいわれはない。と陳述し、

立証として、乙第一号証の一及び二並びに同第二号証ないし同第四号証を提出し、証人川崎恭介、同川崎永内及び同北村浩の各証言並びに被告本人の尋問結果を援用し、甲第六号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立並びに同第一号証及び同第九号証の一ないし七の原本の存在を認める、と述べた。

理由

成立に争のない甲第三号証によれば訴外株式会社日本勧業経済会は昭和二九年七月一六日午後三時東京地方裁判所において破産宣告を受け同日原告が同会社の破産管財人に選任されたものであることが明らかである。

しかして本件建物が訴外会社の所有であつたこと、右建物につき札幌法務局浦河支局昭和二九年七月一〇日受付第三八一号をもつて原因、同年三月三一日売買、取得者被告とする所有権移転登記がなされていることは本件当事者間に争がない。被告は同年六月中訴外会社より右建物を代金二一〇、〇〇〇円で買受けその所有権を取得したものであると主張し成立に争のない乙第一号証の一、二、証人川崎永内、同川崎恭介の各証言及び被告本人尋問の結果によると右売買の事実はこれを認めることができる。

しかし本件建物については右売買契約並びに被告の所有権移転登記に先だち同法務局支局昭和二九年五月一〇日受付第二一七号をもつて仮差押決定の登記がなされていることも亦当事者間に争がなく成立に争のない甲第一号証、同第二号証、同第七号証及び同第八号証を綜合すると訴外会社に対しては昭和二八年一二月二三日東京地方裁判所に破産の申立があり次で破産債権者である藤原志郎ほか九五名より破産法第一五五条の規定に基き破産財団保全の為の仮差押申請があつたので同裁判所は同年五月六日これを認容して本件建物につき仮差押の決定をなし同年同月一〇日その旨の登記を為したものであることが認められ他に右認定を左右し得る証拠はない。

ところで破産法第一五五条の規定に基く保全処分は破産申立後破産宣告決定あるまでに破産財団を構成すべき財産の減損を来すことを予防するためになされるものであつて爾後破産宣告決定がなされた場合には同法第一四三条第一項第四号に掲げる破産的差押に吸収せられ破産的差押としての効力を有するに至るものである。しかして右保全処分としてなされた仮差押は民事訴訟法の規定による仮差押が個々の申立債権者の債権保全のためになされるのと異り将来破産債権者となるべき総ての債権者の債権を保全するためになされるのであるからこの仮差押決定に違反する債務者の処分行為は右総債権者に対する関係においては無効であり従つてその相手方は右債務者の行為に因る権利取得をもつて破産財団に対抗することができないものといわなければならない。なお破産法第七二条以下によつて否認せらるべき行為は破産者の行為として本来有効なものであることを要件とするから右のように破産財団に対抗し得ない行為については管財人は殊更に否認権を行使するまでもなく直ちにその無効を主張し得るものと解するのが相当であつて若しこれを要するものとすれば前示目的及び効果を有する保全処分の存在意義が全く失われる結果となるからである。本件建物につき被告のなした売買契約及び所有権移転登記が右建物につき破産法第一五五条に基く仮差押決定の登記後のものであることは前認定のとおりであるから右売買は総破産債権者に対する関係においては無効であり破産宣告後においては被告はその所有権取得をもつて訴外会社の破産財団に対抗することができないものというのほかはなく結局被告の主張はその理由がない。

それならば本件建物は訴外会社の破産財団に属することは明らかであつて管財人である原告はその法定権原に基き前掲被告の所有権移転登記の抹消登記手続を求め得ることは当然である。

よつて原告の本訴請求は爾余の争点につき判断するまでもなく正当としてこれを認容すべきものであるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 石垣光雄 岡本健)

目録

浦河郡浦河町大通五丁目七十七番地

家屋番号 大通五丁目五十六番の二

一、木造柾葺平屋建事務所

建坪 六坪七合五勺

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